本紙 縦 93.9p 横 144.6p

「魚目浦(うおのめうら)絵図」

 寛文元年(1661)五島藩は、当時当主の後見役であった五島盛清が分知を許され、分藩富江藩が成立した。
 分藩に伴い境界争いが発生、本図は、その際(貞享5年(1688))に江戸幕府から浦絵図の提出を求められて作成された。長崎の絵師溝口七郎兵衛に正副2軸描かせたもののうち、新たに見つかった正の物である。
 この絵図には、当時の漁場の様子が詳しく描かれ、地名の由来、説明などの歴史的事項、地形や寺社の位置関係など、当時のことを知る上で学術的価値が高い。
 現状は軸装が欠損すると共に、折れと虫害によって大きく破損しており、その保存修理を実施する。
 

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